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松江地方裁判所 平成6年(行ウ)2号 判決

島根県益田市〈以下省略〉

原告

島根県浜田市〈以下省略〉

被告

株式会社倉本組

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

津田和美

浅田憲三

島根県益田市〈以下省略〉

被告

Y1

右訴訟代理人弁護士

松原三朗

主文

一  原告の被告株式会社倉本組に対する請求をいずれも棄却する。

二  原告の被告Y1に対する地方自治法242条の2第1項4号前段に基づく訴えを却下し、同号後段に基づく請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、島根県に対し、連帯して、金1304万円及びこれに対する平成6年2月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、島根県の住民である原告が、島根県に代位して、島根県浜田土木建築事務所が発注した道路工事につき、指名競争入札により落札した被告株式会社倉本組(以下「被告倉本組」という。)との間で工事請負契約を締結して工事代金を支払ったことについて、被告倉本組が右入札に際してその他の入札参加業者らとの間で不正な談合を行い、島根県に対して右工事代金額と右談合がなかった場合の工事代金額との差額相当の損失ないし損害を与えた等と主張して、被告倉本組に対し、地方自治法242条の2第1項4号後段に基づき、右差額相当の不当利得の返還又は損害の賠償を、同事務所の当時の次長であった被告Y1(以下「被告Y1」という。)に対し、主位的に同号前段、予備的に同号後段に基づき、右差額相当の損害の賠償を、島根県に対して連帯してすることを請求した住民訴訟である。

一  争いのない事実

1  〈略〉

2  工事請負契約及び公金支出

平成5年6月24日、島根県浜田土木建築事務所を発注者とする浜田美都線21世紀道路改良工事(以下「本件工事」という。)の指名競争入札が行われ(以下「本件入札」という。)、同事務所長から入札指名を受けた被告倉本組ら10業者(以下「本件業者ら」という。)が右入札に参加し、被告倉本組が6620万円で落札したので、同事務所長は、被告倉本組との間で本件工事の請負契約(以下「本件契約」という。)を締結し、その後、被告倉本組に対して本件工事代金を支払った(以下「本件公金支出」という。)。

3  住民監査請求

原告は、平成5年12月2日付けで、地方自治法242条に基づき、島根県監査委員に対し、本件入札に際して不正な談合が行われ、島根県に損害が生じている等と主張して、必要な措置を講ずることを求める旨の監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)が、同監査委員は、原告に対し、平成6年2月3日、原告の提出した書面には、本件工事に係る被告Y1の違法又は不当な行為を証する事実が記載されていないとの理由により、本件監査請求を却下する旨の通知をした。

二  主要な争点

1  本件訴訟の適法性についての争点

(一) 本件監査請求に際しての「証する書面」(地方自治法242条1項)の添付の有無

(二) 被告Y1の地方自治法242条の2第1項4号前段にいう「当該職員」への該当性の有無及び同号後段にいう「相手方」への該当性の有無

2  本件訴訟の本案についての争点

(一) 本件入札に際して談合の有無

(二) 島根県の損失ないし損害の有無及びその額

(三) 被告Y1の職務上の義務違反の有無等

三  争点に関する当事者の主張

〈略〉

第三争点に対する判断

一  争点1(一)について

〈略〉

二  争点1(二)について

1  「当該職員」への該当性

(一) 地方自治法242条の2第1項4号前段にいう「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を含む反面、およそ右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者は、これに該当しないと解するのが相当である。そして、当該訴訟において被告とされている者が当該訴訟において被告とすべき右「当該職員」たる地位ないし職にある者に該当しないことになれば、地方自治法242条の2第1項4号前段の代位請求住民訴訟の訴えは、法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えとして、不適法となる(最高裁判所昭和55年(行ツ)第157号同62年4月10日第二小法廷判決民集41巻3号239頁参照)。

(二) 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、本件契約の締結及び本件公金支出を行ったのは、島根県浜田土木建築事務所長であり、被告Y1には、それらを行う法令上の本来的な権限も、専決権限も、委任による権限もなかったことが認められる。よって、被告Y1は「当該職員」に該当しない。

したがって、原告が被告Y1に対してした地方自治法242条の2第1項4号前段に基づく訴えは、住民訴訟の類型に該当しない訴えとして不適法であるから、原告主張のその余の点について判断するまでもなく、却下すべきである。

2  「相手方」への該当性

(一) 地方自治法242条の2第1項4号後段に基づく住民訴訟が、普通地方公共団体が当該行為又は怠る事実に係る相手方に対し実体法上同号所定の請求権を有するにもかかわらずこれを行使しない場合に、住民が当該普通地方公共団体に代位し右請求権に基づいて提起するものであることに鑑みれば、同号後段の「相手方」とは、当該訴訟において、原告により訴訟の目的である当該普通地方公共団体が有する実体法上の請求権を履行する義務があると主張されている者であると解するのが相当である(最高裁判所昭和52年(行ツ)第84号同53年6月23日判決判例時報897号54頁参照)。

(二) 本件において、原告は、被告Y1には島根県に対し損害賠償をする義務があり、島根県において右損害賠償請求権の行使を違法に怠っていると主張しているのであるから、被告Y1は、地方自治法242条の2第1項4号後段の「相手方」に該当し、同号後段に基づく請求の被告適格を有することになる。

三  争点2(一)について

1  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 島根県浜田市の土木建設業界では、平成5年9月ころまでの間、長年にわたり、官公庁が指名競争入札により発注する公共工事の多くについて、入札指名を受けた業者らが事前に協会の事務所建物(以下「協会建物」という。)に集合して研究会と称する会合を開き、当該工事の受注を希望する業者と希望しない業者に選別し、右受注を希望する業者間で話し合いをして落札予定者を決め、他の業者らは右落札予定者が落札することに協力することを明示ないし黙示に約束し、入札期日の数日前ないし当日に、右落札予定者が他の入札参加業者に右落札予定者の第1回目から3回目までの入札金額を連絡し、他の入札参加業者は右入札金額を超える金額で入札するという方法が、慣行的に行われていた。

ただし、右のような入札方法ないし談合は、全ての指名競争入札に際して行われていたものではなく、当該工事の受注を強く希望する業者間で話し合いがつかない場合などには、たたき合いになることもあった。また、訴外有根会社鎌田建設など、右のような方法に否定的な考えを示して自由競争を主張し、他の業者らから談合の困難な業者と認識されている業者もあった。

(二) 工事発注者は、指名競争入札の場合、当該工事の工事設計書を作成し請負対象設計金額を積算して予定価格を定め、また、疎漏工事防止等のため最低制限価格を定めることがあるが、最低制限価格は、本件当時は、右予定価格から20パーセント程度を控除した価格とされることが多かった。

入札指名を受けた業者らは、通常、発注者の作成した当該工事の仕様書を閲覧、謄写し、建設省の関与により作成された土木請負工事工事費積算基準などの積算資料を基に、工事費を積算していたが、積算した工事価格から右予定価格のおおよその額を推測することができ、その誤差が10パーセント程度を超えることはほとんどない。

業者が最低制限価格で受注して正規の工事を行った場合、当該工事の難易や利益率等によって違いはあるものの、赤字となることが多かった。

業者は、自由競争となった場合で、かつ、赤字覚悟の上で必ず受注を希望する工事については、自社で積算した工事価格から予想される最低制限価格すなわち右工事価格から20パーセント近くを控除した金額で入札することが多かった。

(三) 被告倉本組は、本件工事が被告倉本組が平成元年ころから継続して受注していた工事の継続関連工事であったこと、本件工事場所が被告倉本組の事務所のある地域内であったことから、本件工事を受注したいと考えていた。

被告倉本組は、同社の工務部において、本件工事費を仕様書を基に独自に積算し、6752万7000円と見積もった。そして、工務部の担当者、当時の社長B、実際に入札を行った当時の営業部長Cらは、入札価格を協議し、最終的に、右社長の判断により、1回目の金額を6670万円、2回目の金額を6620万円、3回目の金額を6570万円とすることでそれぞれ入札することを決めた。

本件入札の1回目は、被告倉本組の6670万円が最低金額であったが、島根県浜田土木建築事務所長が定めた予定価格を超えていた。そして2回目の入札で、被告倉本組が6620万円で落札した。

2  右の事実のうち、浜田市の土木建築業界では、従来から、公共工事の入札指名を受けた業者らが、協会建物に集合して、落札予定者を決める等の談合を慣行的に行っていたこと、本件入札においては1回目及び2回目とも、被告倉本組が最低価格で入札したこと等に照らすと、原告主張のとおり、本件入札に際しても、前記のような談合があったとの疑念を払拭し難い一面がある。

しかしながら、前記のような談合は、指名競争入札に際して常に行われていたわけではないこと、本件の入札金額ないし落札価格は、後述のとおり、本件談合がなければ形成されるはずのないものとはいえないこと、本件入札に際して、本件業者らが平成5年6月21日ころ協会建物に集合したりそこで被告倉本組を落札予定者と決めたこと等を認めるに足りる的確な証拠は見当たらないことを考え併せると、本件入札に際して本件談合があったとまでは断定できない。

3  以上のとおり、本件証拠上、本件談合があったと認めることはできないから、原告が被告らに対してした島根県に対する不当利得返還ないし損害賠償の請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

四  争点2(二)について

仮に、本件談合があったとしても、以下に述べるとおり、島根県に損害ないし損失は生じていない。

1  前記の本件入札結果に照らせば、予定価格は6670万円から6620万円の間であるということができ、また、最低制限価格は、右予定価格から20パーセント程度を控除した5336万円から5296万円程度であるのが通常であると推認できる。

2  ところで、最低制限価格付近で落札されることが多かったのは、自由競争すなわち複数の業者が当該工事の受注を希望して競争となり、かつ、右業者らが赤字覚悟の上で必ず当該工事の受注を希望した場合であることは、前記認定のとおりである。本件において、被告倉本組以外の入札参加業者の中に、本件工事の受注を希望していた業者があったのか否かは明らかではなく、さらに、赤字覚悟の上で必ず本件工事の受注を希望する事情のある業者があったことを窺わせるような事情も全く見当たらない。また、本件工事が被告倉本組の継続関連工事であったことや本件工事場所が被告倉本組の事務所のある地域内であったことなど、被告倉本組が本件工事の受注を希望した事情が、果たして被告倉本組が赤字覚悟の上で必ず本件工事の受注を希望するような事情であったとまでいえる証拠も見当たらない。そうすると、本件の場合、最低制限価額付近の金額で落札される可能性は少なかったといえる。

3  証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、浜田市の土木建設業界では、数年来の継続工事はそれまで受注していた業者が引き続いて受注するのが通常であり、他の業者が当該工事の受注を積極的に希望することはあまりなかったこと、入札指名を受けた業者は、島根県浜田土木建築事務所で、入札指名を受けた他の業者名を知ることができたこと、本件業者らの中には、右業界内で、自由競争を積極的に主張する業者と認識されていた訴外鎌田建設などは含まれていなかったこと、本件業者らのうち訴外半田組以外は被告倉本組と協力関係にある業者であったことが認められる。また、本件工事が被告倉本組の継続関連工事であること、訴外半田組等他の本件業者らが本件工事の受注を積極的に希望していたことを認めるに足りる証拠はなく、各業者がそれぞれ積算した工事価格がほぼ同程度となるのが通常であることは前述のとおりである。

これらの事実に照らせば、本件談合がなければ、本件業者らの中に、本件工事の受注を積極的に希望する業者があり、被告倉本組が積算した工事価格6752万7000円を大幅に下回る価格で入札したはずであると推認することは困難であり、逆に、本件談合がなくとも、他の業者らは、6700万円ないし6600万円程度で入札した可能性が十分にあるといえる。また、本件談合がなくとも、被告倉本組において、他に積極的に受注を希望する業者はなく、自ら積算した工事価格から大幅に減額せずとも落札できると判断して、6620万円程度で入札した可能性も十分考えられるところである。

4  そうすると、本件証拠上、本件談合がなければ、最低制限価格付近で落札されたはずであるとは認め難いし、さらに、本件談合がなければ6620万円を下回る価格で落札されたはずであると認めることもできない。

したがって、島根県に損失ないし損害が生じたと認めることはできないのであり、原告が島根県に代位して被告らに対してした不当利得返還ないし損害賠償を島根県に対してすべき旨の請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。

五  結語

以上のとおり、本件請求のうち、被告倉本組に対する請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、被告Y1に対する訴訟のうち、地方自治法242条の2第1項4号前段に基づく訴えは不適法であるから却下し、同号後段に基づく請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山光雄 裁判官 遠藤浩太郎 裁判官 田中俊行)

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